僕のアメージンググレイスには、イントロにアイルランド民謡 “The Water is Wide”の一節が入っている。とても好きな曲なのだが、実は未だに歌詞も知らない。始めてこの曲を聴いたのは、2001年9月11日。あの日いつものように、当時FENと呼ばれていた米軍放送をかけていたら、テロが発生したとの速報が流れた。すぐにテレビをつけると高層ビルに飛行機が突っ込んで行く場面が繰り返し流されていて、それはまるで現実味のない夢か映画の一場面かのようで、僕は惚けたようにボーっと画面を見つめたまま突っ立っていたように記憶している。そして、FENでは一日中何度も何度もこの曲が流された。曲名も知らない心に残る美しいメロディー。きっとこういう時に流される曲なんだなと、9.11の事件と共に強く僕の心に印象付いた。曲名を知ったのはそれから何年も経ってからのことである。
一方、アメージンググレイスはイギリスのジョン・ニュートンという人が作ったとされているが、登録上は作者不詳となっている。彼は敬虔なクリスチャンであったが、行きがかり上、己の信仰とは裏腹の仕事、つまり奴隷商船で仕事をすることになり、莫大な富を築いた。そして、定年も間近のある時蜜蝋を運ぶ自船が嵐にあったが、ジョンは祈り続け奇跡的に生還した。この出来事が精神的な転機となり、彼は資材を投げ打って教会を建て牧師となる。そして作られたのがこのアメージンググレイスである。作曲者は諸説あるが、僕は奴隷船の船底で鎖に繋がれた奴隷達が口ずさんでいたものを使ったという説が真相なのだと信じている。
さて、この二つの曲。作られた経緯に共通点などないが、いずれも、祈り、鎮魂、ちっぽけな人間という存在…まあ陳腐な言葉では言い表せない様々な思いが込められた曲であり、欲張りな僕はアメージンググレイスのイントロにThe Water is Wideをくっ付けたら最強の祈りの曲が出来るだろうと思った。
…で。
一般に厳かに粛々と演奏または歌われるこれらの曲を地鳴りの様に激しく弾いてやった。
ものの感じ方は人それぞれで、これを由とする人もいればそうでない人もいるだろうと思う。
だけど、手前味噌ではあるが、僕はこれ以上のアメージンググレイスを聴いたことがない。
Gensblue